Negative Finder

気づいたり、再確認したり、思いついたこと書くスペース。日記兼用。

空が超青くて涙が出そうになった思い出

 昔話でも書こう。なげーし、なげーわりに実は無いけどな。 


 高校1年の冬休み、おれは郵便局で配達のアルバイトをしていた。たった二週間だったけれど、時給が950円で、あの頃は体力もあったし、時間も9時~16時だったか、長すぎず短すぎず、コンビニやマックで働くよりは大分割の良いアルバイトであった。 

 仕事を覚えやすくすためか、配達する場所は自分の住んでる家のある地区のそばを割り当てられた。まずは郵送物の仕分けで、延々世帯表を見ながら名前ごとに配達する道順に分けていく。全部分け終わったら、紐で一括りに縛り、その幾つかの束をバッグに詰め込んであの赤く重いチャリで出発する。 



 おれの住んでいる場所は、JRの駅より南側で、後発的に埋め立てられた地域のため、そのほとんどが平地だ。大昔にはちょうどJRの線路が通ってる辺りが砂浜だったようで、緩い坂がその名残りとして微かに残っている。平地なので、重いチャリで荷物を詰めているとはいえ、一度漕ぎ出してしまえば全然楽だ。屋外に出た直後の寒さが辛いくらいで、自分のペースでのんびり進められるため実に楽。高校の部活仲間と一緒に応募したのだが、この友人が住んでいたところは、おれの地区とは比べ物にならないくらいアップダウンの激しい地域で、「…これさー、おれとお前と同じ時給とか、それあり得なくね?」とぼやいていたのを覚えている。いや、実におれはラッキーだった。 


 そんなこんなで、担当として任された地域の家は2~3日目くらいには全て覚えて戸惑うこともなくなった。忙しくなるのは年始を迎え年賀状を配り始める時からであり、年末の一週間は上に書いたようにのんびり、マイペースに配達を続けていた。穏やかに。 




 …ところがどっこい。そうは問屋が卸さねえ。 

 郵便局の前を通る大通りを挟んで向かいの小道を通って出勤していたのだけど、その小道の脇に3階建てくらいのこげ茶色のマンションがある。このマンションが悲劇の舞台になるなんて誰が予想しただろうか!(反語) 



 関東平野の冬は乾燥していて基本的に晴れが続く。も、カラッカラに晴れている。当然その日も晴れていた。抜けるような青空と、透明で金色の朝日を眺めているとテンションが上がってくる。おれはその時天啓のように鋭いインスピレーションを受けずにはいられなかった。 

そうだ、屋上へ上ろう。と。 

 おれは小中学校の頃から、何かと屋上が好きだった。実家のあるマンションの屋上は鍵がかかってて出れなかったのだけど、近場のマンションで最上階の壁の端や通路の中途にはしごが設置されているのを見ると、居ても立ってもいられなくなり身体が疼いてしまう、いわゆる屋上フリークであった。今でも、不審者として通報されないのであれば、時間の許す限りこの衝動を満たしたくなる程度には屋上狂いである自信がある。 

 遮蔽物の無い空を見るのは爽快で、もちろん高いところから街を眺めるのも好きだし、真夏の陽に灼かれながらうだるような暑さの中でただボーっとするのもいい。夜の屋上も街の光害の影響が軽減され、星々が気軽に見れる、絶好の孤独スポットだと思う。 

 そんな屋上フリークの魂をくすぐる、「通路中途に屋上へのはしご」が、その郵便局手前のマンションにあった。当時おれはまだ中学を卒業して1年にも満たず、大人になり切れていなかった。なので冬の朝の爽快な空気にあてられ、何をトチ狂ったのか「よし!仕事前にあのマンションの屋上に上ろう!青空綺麗だし」などと思い立った。…思い立ってしまった。 


そうと決まれば善は急げ、とばかりに家の中へ舞い戻り、朝ごはんをかっこんで、すぐに件のマンションへ向かった。勤務開始時間の40分くらい前にはマンションへ着いた。ここから郵便局は目と鼻の先なので、遅刻する心配はまず無い。思う存分に屋上と空を堪能出来る…。ぐほほ、とおれの頬は緩んでいたかもしれない。実にキモい。 



ところで世に数多く潜む隠れ屋上フリークたちにとって、天敵と呼べるモノが存在する。 

 それは「鍵」だ。 

 「鍵」のかかった扉。あれにどれだけの屋上フリークたちが辛酸を舐め、苦渋に満ちた敗退を余儀なくされてきたか、計り知れない。鍵が無ければ過去に生み出されてきた膨大なミステリの歴史も無くなってしまうのと同じくらいには、屋上フリークたちの苦悩もドラマになり得ないだろうな…。 


幸いにも、目的のマンションの最上階に上った時、通路途中にある梯子の上に閉じた天蓋には鍵がかかっていなかった。 

おれは高鳴る胸を抑えながら、住人に見咎められないよう辺りに気を配り、梯子を上り、そして蓋を開けた。 

屋上に出てみると、やはり思った以上に空は青く高く、陽の光も輝かしい。…最高だッ! 

……っと、出てきたばかりの出口の蓋を閉めておかなければね。ほほ。マンションの住人から苦情が出て、怒られてもつまらない。説教でもされて配達の仕事に遅刻しても最悪だしな。ふほほ。 


もちろん本当の最悪は「この先」にあんぐりと口を開けて待ち構えていたわけだが…。気付かない。アホなおれは気付かない。 



屋上の四辺から東西南北の街並みを舐めるように見渡し、抜けるような青空を仰ぎ、肌寒いとはいえよく晴れた陽の光は暖かく、冬の爽快な空気を深呼吸で肺一杯に吸い込んで、しばし幸福に包まれる。見ろよこんなに容易く人は幸せを感じられるんだよ。 



よし、久々に屋上堪能したし、そろそろ降りて仕事すっか!今日は捗るぜ!最高のコンディションで出口の蓋を持ち上げる。 

…ん? 

…おかしい、どうしたことだろう。 

おれは今まさにハピネスフルなはず。略しておれ☆ハピ☆ふる!とか要らない考えが浮かぶ、いけないこれはいけない兆候だ何が起きた?…あ、あれ?ちょ…ま…蓋を上げ…られない…だと? 

落ち着け!深呼吸だ!こういう時はなんだ?素数を数えればいいと漫画に書いてあっただろうが!!あ、いや、正しくは「描いて」か?漫画のセリフって「書いて」なの?「描いて」なの?おいたん気になって夜もねっむれないよー?いやいや、いや、いけない混乱しちゃいけない。パニックは死亡フラグだ、だから今は冷徹に事実だけを注視するんだよおれ。 

 もう一度…出口の蓋を持ち上げる。嘘なにこれ!持ち上がらん!!これなに?鍵!?「鍵」がぁッ!!蓋閉めるとロックかかる仕様!?これが噂に聞く「なんという孔明の罠!」ってやつなのかい?ヒャッハァ!!いゃあああああああぁあぁぁぁァァ!! 
















空すげー青い。あおいんだ。 





太陽ちょー眩しい。まぶい。 





風びゅー吹いてる。でも、嫌な汗が引かない…。 






えっと……で……非常階段とかどこっすかねぇ。 





 おれ、そろそろ降りたいんだ屋上から。 





 あと…おれこのあと仕事なんだよ。 





 だからほら。な? 

 四辺を隈なく見渡す。もちろん何も無い。何も無いので、屋上のへりまで行ってみた。へりの先にはさらに何も無く、あるのは宙空だけ。柵とか無い。落ちたら死ぬ。あるいは瀕死。少なくとも大怪我必至。袋の鼠、もしくは飛んで火にいる夏の虫か。 


 …あああ、でも仕事が! 

 …。 

 …わかった!おれ恥を忍ぶ!助けてもらおう住人に。もう勤務開始時間まで残り10分くらいのもんだろう。いたずら心で上ってしまい、出られなくなった経緯を一息に説明、続く一息で一気に謝罪の意を表明。よし、これで2分で脱出する!さすれば郵便局までは目と鼻の先!ゆえに余裕しゃくしゃく! 




 「…ぁのおぉぉ~、すぃませぇ~ん…」階下のベランダに向けて屋上のへりから声を放つ。出来ればダメージは最小限に抑えねばならない。気付くのは最上階の住人1人だけが望ましい。「助けてくれぇぇぇっっ!!!」の一言で、仮に警察でも呼ばれようものならそれこそ惨事だ。いたたまれなさのあまり、おれ死ぬかもしれない。つまり慎重を期さねばならない。勝つことよりも負けないことが戦略の基本なのである。 

 「ぁ…あのですねー、お、屋上から降りられなく…なりましてぇっ…」うむ。最後は少し声張った。気付け。天からの呼び声に気付け。今こそ、僕は、君を必要としているんだ! 

 …。 

 ……。 

 「すみませーん。あの、どなたか、いらっしゃいませんか?」 

 ……。 

 …。 

 /(^o^)\ 



 決心した!マンションのある小道を通り過ぎていく通行人に助けてもらおう!あれだ。恥はかき捨て、と言うではないか。なり振り構ってる場合じゃない。出来れば穏便に脱出出来ますように。 

 「すいませーーーんッ!どなたかッ!!屋上の蓋をッ!!出られなくなってしまいましたッ!!」やけくそである。つかあんまり身を乗り出すとFly high!!落ちて死ぬ。やけくそでも無茶は出来ない。 

 人通らない。巡り合わせろよマジで。頼むよ神さん。おれ人生なんとなくだけど頑張るよ。だから巡り合わせてくれよ。ああッ!! 

 通らない。 

 通らない。 

 通らない。 

 もしかすると。 

 世界から人がいなくなってしまった、とか? 

 んなわけねーだろ。 

 通らない。 

 通らな…お?人!通行人キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! ここは外せねえ!!呼ぶぞ。呼んでやるぞ!!「おおおぉぉぉーーいい!!」 

 お、見上げた!!気付いた。人気付いた!!「すいませーーーんッ!!」 

 (エッ?俺?)みたいに自分のことを指してる。なんか作業服来たおっさんで、現場に向かう途中なのか脚立かなんかを抱えてる。「はいぃぃ!!すいませんッ!!屋上の蓋開けてもらえませんかーーっ!!出られないのですっ!」 

 一瞬怪訝な顔をしたのち、事態を理解してもらえたのか、ちょっとニヤっとしたおっさんがマンションの入り口に入って行くのが見えた。やべー。マジやべー。コミュニケーション、マジやべーよ。人生で大切なのは意志を伝えられるという事実だよマジで。いやホントマジで。つかおっさん片足少し引きずってたぞ…通路の梯子上って来てくれるかな…。すまねえな…。 


 おっさんを待つこと1分くらい。期待を胸に凝視し続けた蓋が……開いた。 

 「気をつけろよー(笑)」って一言注意をくれたおっさんの笑顔が忘れられない。ありがてぇありがてぇ…。 



 無事にマンションから脱出し、信号を渡り、郵便局に入り、仕事場に着いたのが始業1分前。 




 奇跡。